「コミックビームのキャッチコピーは「珍作満載」です。」編集長の部屋(8)中編:コミックビーム 岩井好典編集長
前編: 編集者はラリーで言うナビゲーターで、命を預ける存在、簡単に変えないで欲しい。
「編集長の部屋」コーナー8人目は、コミックビーム (以降ビーム)編集長、岩井好典さんです。岩井編集長は、私がこの仕事を初めて、最初にお会いしたマンガ編集者さんで、以来数年、地元が近いなどと言う事もあり、なにかとお世話になっています。伝説の編集長のお話から最新の電子コミックの事情まで、多岐にわたるお話になっています。
暗いマンガで共感を得ることは、明るいマンガで共感を得ることよりも、かなり難しいです。
――コミックビームはどんな雑誌を目指していますか。
ビームは個性が強いとかよく言われるのですが、作っている側からすると、実は割合オーソドックスなことしかしていない、っていう気持ちがあります。
とはいえ、例えばジャンプ的な雑誌とは明らかに違うと思います。まあ、「ジャンプ的」という意味も、この10年くらいでずいぶん変わってきていますが。週刊少年ジャンプって基本的に新人ですよね。とにかく、新人漫画家を一から育てていくのが、ジャンプの形。
それに対して、チャンピオンは、『がきデカ』『マカロニほうれん荘』『ドカベン』の時代から、他の媒体で描いているとんがった作家を、より自由に描かせて、花開かせる、そういうラインがオーソドックスなものだったわけです。ゼロから新人の作品を起こすことももちろんしますが、チャンピオン出身の僕にとっては、ビームはすごくオーソドックスな作り方をしているつもりなんです。
とはいえ、メジャーな方向性よりも、よりコアな作品を作っているとは思います。コンビニには卸さず、マンガ専門店やヴィレッジヴァンガードといった個性的な書店を中心に販売し、部数的にも非常に少ないところで生き残っていかなければならないので、コアな部分を強くしていっているのは事実ですが、そんなに変なことばっかりをやっている気はないんですよ。
―― 私はビームというと濃いマンガを連想しますが、その濃さはどこから来てるのでしょうか。
ビームが濃くみえる理由の一つは、作家の個性に賭けているからですね。作家さんの個性に賭けるって言うと、かっこよく聞こえるのですけど、実は一番コストが安いんですよ(笑)。
メジャー誌なら、新連載を起こす際に、舞台になる外国にひと月取材しに行くというようなこともあります。結構、取材費や手間をかけるわけですが、ビームでは、そういうコストをかけずに、作家性に賭ける。
『テルマエ・ロマエ』が典型ですが、作家さんが好きで、自分でずっと古代ローマについて勉強なさっていたわけですよね。そうして溜め込んでいた知識や熱意を、作品にぶち込んでいる。ですから、ある作家さんが、世間的なバランスを失するくらい強い関心を持っているテーマがあって、それがメジャー誌ではなかなか描けないようなことだったとしても、ビームなら描ける、ということは言えると思います。
だから、逆に言うと、そういう独自の知識なり濃い思いを持ってないと、ビームでは通用しないですよね。例えば、近藤ようこさんは今『死者の書』を連載してくださっていますが、近藤さん、折口信夫の研究をするために国学院大学に行かれた方ですからね。10代の頃から好きで打ち込んでいたテーマを60歳近い今、漫画化なさっているわけですから。
『テルマエ・ロマエ』 ヤマザキマリ
―― そういう意味では自分で好きなものを持ってないと通用しないというのは、逆に言うとそういうものがあれば、ビームではそれを描かせてもらえるっていうことですよね。
やっぱり「武器」を持つことですね。それは、必ずしも何かの濃い趣味的な知識である必要はないんです。人や世間を見る視線が独特であったり、いろんな可能性があるわけですよ。
―― おおひなたごう先生の『目玉焼きの黄身 いつつぶす?』は、とても日常的な部分にも関わらず、「こう切ると面白いよね?」みたいなものがありますよね。
あれはほとんど、作者と奥さんの会話だったりしますから(笑)。『目玉焼き』に関しての初めの何話かは、完全に家庭内の会話が発想のもとです。主人公の食べ方がおおひなたさんで、彼女の食べ方がおおひなたさんの奥さん(笑)。
作家性というものは、神が天から降って来させるようなものではなくて、日常・日々の暮らしの中で、その人が何に対して思いを強く持っているのか、そういうことに現れてくるものなんだと思います。
コミックビームのコピーは「珍作満載」
―― ビームではどういった新しい取り組みをしていますか。またこれからどういった取り組みをしていきますか。
新しい血を入れたいという気持ちがすごくあります。編集長職も2年目に入って、これまでとは違う色をつけていきたいなっていう欲求があって、意図的に新人の作品やこれまでビームで描いていなかった作家の作品を多めにしていきたいと、編集部には伝えています。そうした中から、近藤ようこさんの『五色の舟』(原作:津原泰水)や山田参助さんの『あれよ星屑』が出てきてくれました。
『あれよ星屑』 山田参助
―― ビームは、雑誌の方針をキャッチコピーとして言語化していましたか。
昔は「業界の端に咲くたんぽぽ」なんて言っていました(笑)。その後で出て来たのが、「珍作満載」ですね(一同爆笑)。これはいましろたかしさんがつけてくれたのですが、ひとつのコピーの中に、「チン」も「マン」もあるのが素晴らしいと評判です。
―― ほんとにおもしろいですね。でも、うかがったお話を、かなり正確に表現していますよね(笑)
―― 現在、新人作家はどのように入ってきていますか。
持ち込みと投稿がメインですね。マンガ学科のある大学や専門学校へ出張編集部に行くこともあります。同人誌販売会やネットで探すということも、これまで通りあると思います。
個人的には、お付き合いしている作家さんとのご縁で、新しいかたと繋がることが多いです。
―― KADOKAWAとの合併や、ドワンゴとの経営統合は、ビームに何か影響はありましたか。あるいはそれによってこれからなにかしていくというのはありますか。
現状では、それほど大きな影響はないですね。
今、マンガのマーケットは大きな変革期に入っていますから、ドワンゴとのコラボなども合わせて、これから近い将来に激しく変わっていくだろうなという予感はありますが、まだ具体的には見えてきていませんね。
まあ、新しいシステムを使って仕掛けようとしていることは、いくつかあるのですが、それはまだ発表できないですね。乞うご期待、ということで、よろしくお願いします(笑)。
―― 先日お会いしたときにもうかがったのですが、KADOKAWAの中で、ビーム・ハルタは最もマンガをオリジナルでつくることに関して力を入れているように思います。
そうですね。KADOKAWA内でも、エンターブレインのコミックはユニークな位置を占めていると思います。
―― 本格的なマンガが強いですね。そういう意味ではKADOKAWA内の位置付けのようなものはあるのですか?
これまでも、エンターブレインというゲームの情報誌やソフトがメインの会社の中で、オリジナルのマンガに力を入れていたビームは、少し特殊な雑誌でした。クロスメディアなタイトルを多く持つKADOKAWAになっても、やはり少し特殊な立ち位置であることは変わらないですね。
―― ガンダム、エヴァ、ケロロと、ビームの作品が並ぶわけですよね。
KADOKAWA内でフェアとかすると、アニメ系の絵柄がバーっと並んでるところに、ビームだけ桜玉吉さんの描いた奥村のキャラがいたりするわけですよ(笑)。一見して「特殊」ですよね、やっぱり。
大ヒットした『テルマエ・ロマエ』であれ、今年の文化庁メディア芸術祭大賞を受賞した『五色の舟』であれ、明らかにKADOKAWA内の他のラインナップとは異質なもので、良かれ悪しかれ、それがコミックビームという媒体を特色づけているわけですから、そうした部分は変わらずいきたいと思ってはいるんですけど。
―― その異質を貫いていくことなのでしょうか。
「異質を貫く」というと、なにか僕が変なことをしたがっているように聞こえるかもしれないですけど(笑)、先ほども言ったように、オーソドックスなことをしているだけ、と思っているのですが…。
―― えぇと、オリジナルな作品を丁寧に作っているという印象があります。
そうですね、まさにその通りです。オリジナルな作品を、丁寧に、あんまりお金をかけずに作るということですね(笑)。それ以外には生き残りようがないかなぁと。
―― これ言った方がいいですね(笑)
だからその分、編集には手間がかかると思いますよ。
作家さんが思いを持って選択するテーマに、編集は必死に食らいついていく。我々は常に教えていただく立場です。『あれよ星屑』を担当する青木という20代の編集者も、戦後の闇市について沢山本を読んだりして、詳しくならなければならない。そこが大変であり、編集の悦びでもあるわけなので。
ビームは、どの層に向けて作っているか判らないと言われます(笑)。ビームはマンガ好きのために作っている
―― ビームの「読切掲載」や「連載開始」のプロセスを教えてください。
読切掲載も、連載開始も、担当編集者が作品を編集長に上げて、最終的なジャッジは編集長がします。編集長側から、担当編集者に、そろそろこの作家を連載させてみては?というようなオファーをすることもあります。
―― どんな流れで、掲載や連載になっていくのですか。
ベーシックなルートは、読切を何度か載せた後で、前後篇とか全3話など中篇的な短期集中連載をし、リアクションなどを見て、そこから本格的な連載を始めていく、というものです。ただ、それはもう作家さん次第ですよね。
例えば山田参助さんのように、ゲイ雑誌のような特定のジャンルとはいえ漫画家としてのキャリアが充分にあるかたは、いきなり新連載を起こしてもらいました。新人だと、例えば森泉岳土さんは、先ほど言ったようなベーシックなルート、読切→中編→連載という流れでやってもらいました。森泉君は個性の強い作家ですが、単行本一巻分の『夜よる傍に』という長編連載を始めるまでに、読切や中篇の短期連載をいくつも描いてもらっています。
『夜よる傍に』 森泉岳土
――ビームの読者層の傾向はいかがですか。
ビームには、読者の年齢層のボリューム・ゾーンがふた山あります。ひとつ目の山は昔からビームを読んでいる桜玉吉さんファンの世代で、30代半ばから40代前半くらいのかたたちです。そして20代の前半から半ばくらいにもうひと山があって、10代の読者は少ないですね。
ビームは、例えば、志村貴子さん、いましろたかしさん、新井英樹さんのそれぞれのファンから、「他に読むマンガがない」って、いつも言われる雑誌なんですね(笑)。それぞれのマンガの個性が非常に強いせいで、そういうことになる。
「人気作の傾向を見て、その方向性でウケるマンガを増やしたほうがいい」とよく言われますが、ビームではそういう選択をしないんです。ターゲット・マーケティングをしない。雑誌全体の「読者層」というものを固定していないんですね。ビームは、どの層に向けて作っているか判らないと言われます(笑)。それに対する答えはシンプルで、ビームはマンガ好きのために作ってるということです。
―― ちなみに原作ものとか、映像化物のマンガ化は少ない印象です。
そうした方向の連載は定期的にありますから、特に避けているということはありません。例えば近々でいうと、『鼠、江戸を疾る』という赤川次郎さんの小説がNHKの木曜時代劇でドラマ化されるのに合わせる形で、うちでコミカライズさせていただきました。
夢枕獏さんの『大帝の剣』が映画化されるときにも、渡海さんと言う韓国の漫画家さんでコミカライズをしました。ですから、特にそちらに力を入れているわけではないという程度で、原作物もクロスメディアな作品も、機会があれば掲載していきたいと思っています。
<中編ここまで>
インタビュー・ライティング:トキワ荘プロジェクト 菊池、番野
『五色の舟』 近藤ようこ
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