漫画家・花沢健吾先生&『ビッグコミックスピリッツ』副編集長さまによるトキワ荘講習会の講義録公開!

イベント情報
2010.06.10

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(写真)花沢健吾先生

2009年、トキワ荘プロジェクトにおいて入居者向けに開催しました漫画家・花沢健吾先生と『ビッグコミックスピリッツ』副編集長Kさまによる講習会の講義録です。講義録の公開にあたって花沢健吾先生および副編集長Kさまには、内容をチェックしていただきました。週刊連載というお忙しい中にも関わらず本当にありがとうございました!
☆花沢健吾先生は現在、『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて「アイアムアヒーロー」を連載中です!

 

(1)花沢先生より

Q.漫画家を志されたのはいつ頃ですか?
花:小学校の頃から漠然と思っていました。イラストなどは描いていましたが、実際に漫画を描き始めたのは印刷会社を辞めた23歳の時です。

Q.23歳で初めて描かれた作品で苦労された点は何ですか?
花:やはり技術不足なことです。とにかくゼロからの出発だったので、がむしゃらにやっていました。

Q.新人賞等には投稿されたのですか?
花:まず、印刷会社を辞める直前に、ある漫画家の先生がアシスタントを募集していたのですが、そこへ見学に行ったら、募集をしていたにも関わらず「人は足りているので雇えない」と言われてしまい、とりあえず作品を1本描くように言われました。その後、作品を仕上げて担当者を紹介してもらい、賞ももらいました。

Q.ヤングサンデーに応募されたとの事ですが、最初から青年誌を目指されていたのですか?
花:はい。高校生の頃からヤング誌の自由さに惹かれていたので、ヤング誌を目指すようになりました。

Q.高校卒業後、漫画とは関係のない専門学校に進学されたと伺いましたが…。
花:はい。まず漫画以外の事をやることが大切だと感じたため、PC関係の専門学校に入りました。

Q.漫画家を目指すのであれば、漫画以外の分野をやるべきだとおっしゃいましたが、その理由は何ですか?
花:漫画家にとって「経験値」が非常に重要だと思うからです。漫画家を目指すのなら、極端な事を言えば、漫画に触れないぐらいの覚悟で色々な経験をすべきかもしれません。技術的な事は後でついてくるので、自分の興味のあること、ないこと関わらずやるのが大切です。特に敢えて自分の興味のないことをやることで、今までになかった経験が出来、それがキャラクターに生かされてくると思います。そうしないと、連載作品の最初の1本は努力次第で誰でも描くことが出来るかもしれませんが、その後、次の連載からネタに苦労すると思いますし、実際、自分はしました(苦笑)

Q.プロの漫画家を目指す上でアシスタントを長く続ける事についてどう思われますか?
花:自分の経験から言っても、アシスタントをズルズル長くやることは良くないと思います。しかし、やるからには漫画家の先生の目線と、アシスタントの目線の両方を持って、「仕事場の雰囲気はどうか?」を観察した方がいいかもしれません。特に人間関係は重要。雰囲気の良い所は、先生もしっかりしているので、スタッフも気を遣っていると思います。そのような箇所をしっかり見て、自分の仕事場を将来どのようにしたいのか、イメージする事が大事です。週刊連載になると、アシスタントを雇わないことは考えられず、アシスタント時代の経験が生きてきますよ。

Q.花沢先生がアシスタントを採用する時の選考基準は何ですか?
花:仕事の指示出しや人間関係の重要さからコミュニケーション能力を重視しています。現在は即戦力採用なので技術もある程度は要求したりするのですが、少しくらい絵は下手でも技術は後からついてくるので、コミュニケーション能力の高い人を採用するようにしています。

Q.コミュニケーションが上手い人と、そうでない人の差は何だと思われますか?
花:意外と単純な事だと思います。たとえば挨拶が出来るかどうか、ちょっとした気遣いが出来るかどうかとか、そういった一見、些細な点で大きな差が出ていると思います。

Q.29歳で「ルサンチマン」で連載デビューされるまで、焦りはありましたか?
花:年齢の事もあり、確かに焦りました。
編:花沢先生は、元々才能はあると感じていたのですが、それまで1年に1本くらいしか描かなかったんです。ところが30歳が近くになると持ってくるペースが速くなり、焦っているのは接していて感じましたね。

Q.連載デビューされるまで、漫画家を辞めようと思ったことはありましたか?
花:30歳になるまでにプロになれなかったら、という焦りはありました。しかし、漫画家になる以外に選択肢は自分にはなかったので、やるしかなかったです。

Q.29歳で連載デビューされましたが、それ以前は何をなさっていましたか?
花:読み切りを4~5本やっていました。2本目の読み切りが、小学館の新人コミック大賞で入選し、23歳でデビューしました。
編:その当時から、花沢先生の将来性を感じていました。

Q.連載デビューされた時、プレッシャーは感じていましたか?
花:プレッシャーは、やはりありました。アシスタントとの関係は上手くいっていたのですが、当時、週刊連載で原稿を1本上げるまで2週間ぐらいかかっていました。なので、連載前に十何話かストックを作っていましたが、半年くらいでなくなってしまいました。

Q.新人が初連載をする際は、原稿をストックするのは当たり前なのですか?
編:新人の場合は、ネームを直してもらう場合も多いですし、絵を描くにも時間がかかるので、原稿のストックが必要になってきます。初連載をした時は、あまりの忙しさ故に、当時の記憶がない漫画家さんも多いようです。

Q.K副編集長さんは花沢先生の漫画家としての将来性はどこを見て感じましましたか?
編:人によって、もちろん異なりますが、花沢先生の場合は、人物の掘り下げが、ずば抜けていました。キャラクターに深みがありましたね。

Q.編集者の方は新人のどのような点を見ていらっしゃるのですか?
編:技術はどうにでもなりますので、そこは、あまり重視していません。新人には作品の完成度などは求めておらず、将来性、つまり「将来伸びるかどうか」しか見ていません。

Q.漫画雑誌等の賞を取るためにはどうしたら良いですか?
花:画力がある人なら、敢えて少しは絵の質を落とした方が良いかもしれないです。あまりにも完成してしまうと、そこで伸び代が止まった、と編集者に思われてしまう事も。それよりも、新人向けでは「こう描きたい」とか「絵の迫力」など、熱意の方が重要です。

Q.花沢先生は敢えて女性の心理描写は描かないようにしていると伺いましたが?
花:吹き出しを使って、女の子の内面を描くということはしないようにしています。女の人の心理は、自分が女性でないのでわかりません。描いても嘘くさくなってしまうので…。だから、行動やしぐさだけを描くように心掛けています。それが、リアルさに繋がっているのかもしれません。経験を上げるために、恋愛は大事ですよ(笑)

Q.連載作品「ボーイズ・オン・ザ・ラン」では当初の構想とだいぶ変わったそうですが?
花:週刊連載なので、次の展開のことを考えず描くこともあります。でも、だからこそ。面白いと思っています。作家がどうなるかわからないから、当然、読者にもわからないので、非常にスリリングです(笑)「ボーイズ・オン・ザ・ラン」については連載前の構想と連載後では、ストーリーも結末も変わってしまいました。

Q.花沢先生の作品は、作品自体が持つ「勢い」を大事にされているように感じます。
花:週刊連載は止まったり、休んだりすることはないです。それ故に、「勢い」は使わざるを得ないのが実情です。

Q.新人の漫画家さんにとって、自分を伸ばしてくれる編集者と出会えることが非常に大事だと言われますがどう思いますか?
花:K副編集長さんは、インタビュアー型の編集者だと思います。K副編集長さんの質問に答えるうちに、頭が整理されてくるので、自分はいっしょに仕事がしやすいです。逆に、アイデアを自分で持ってきてくれる、いわゆる編集主導型の編集者さんもいますが、自分が描きたいものと違ったりもするので、そういう方とは自分は相性が良くないかもしれません。
編:実は、編集が新人の漫画家を伸ばすという事はあまりないです。伸びる人は勝手に伸びますね。しかし、編集が新人の才能を潰してしまう事は悲しい話ですが現実にあると思います。漫画家側がこの編集とは合わない、自分の為にならないと思ったら、雑誌を変えた方がいいかもしれません。見切りを早くつけることでしょうか。やはり最終的には相性です。

Q.漫画家と編集者の「相性が良い」とは具体的には何でしょうか?
花:距離感を持って、仕事が出来ることだと思います。
編:漫画家と編集者の「相性」は、友人としての、人間関係としての相性ではないです。この人となら仲良くなれる、友達になれる、というのとはちょっと違います。大事なのは表現する人間とそれを受け止める人間として、相性が良いかどうか、つまりプロとして仕事の面で相性が良いかどうか、ですね。

Q.花沢先生のネームはどのようなものなのですか?
花:けっこう粗いです。自分は絵を描くことが楽しいので、ネームの段階で細かく描いたりすることはないです。
編:漫画家によって差はもちろんあります。花沢先生は、コマ割りとか楽しむ先生なのではないでしょうか。ネームより原稿の方が、いつも面白いので、信頼しています。

Q.週刊連載をする上で、されている工夫や心掛けていることはありますか?
花:ある程度つめて描かないと、やり直しになってしまうので、ぎりぎりまで頭の中で構成を練ってから、書き出します。あと少ない休みの間に、なるべく気分転換をするように心掛けていますね

Q.花沢さんの原稿はアナログで描いているのですか?それともデジタルで描いているのですか?
花:僕自身の原稿はアナログです。背景は、アシスタントに別の絵で描いてもらって、それを後でデジタル合成しています。なので完成原稿はデジタルです。

Q.「ルサンチマン」単行本の巻末エピソードで、アシスタントに人件費を使い過ぎたというものがありますが、これは実話に基づくものですか?
花:ほぼ実話です(苦笑)やはり費用の中で、一番大きいのは人件費。ここをどう、やりくりするかが大事ですね。単行本が出るまでは、借金をしなければならないこともあるので、大変だと思いますが貯金をしておくべきです。

Q.花沢先生自身が、漫画家として大切にされていることは何ですか?
花:漫画を面白がれるようにすることです。根底で漫画を面白がることが出来ないと、漫画家を続けることは出来ないでしょう。今、漫画が好きだと思っていても、やがてそういうことに対峙しなければならない時が来ると思います。
編:才能があると感じている新人は、実は結構います。しかし、いくら才能があっても描き続けることが出来ない人が多いのも事実です。漫画を描く事が嫌いな人は続かないし、厳しい言い方ですが、やっても無駄かもしれません。

Q.花沢先生がされている、連載を楽しくし続ける仕組みはありますか?
花:1番大切なのは、職場の環境を良くする事です。もちろん人間関係も含めての話です。また、作家としてのランクが上がっていくと、自分の住んでいる部屋がだんだん良くなったり、高いお店で食事したりできるようになるので、そういった事を目標にするというのも漫画家を続けていく上で大事だと思います。モチベーションを保つことにも繋がります。

Q.お二方は青年誌の業界の流れはどのようになっていると感じますか?
編:「衰退してきている」という事は、無くはないと思います。残念な話ですが、雑誌はここ数年で統廃合されると思います。かなり潰れていくものも出てくるのではないでしょうか。新人を雑誌に載せ、育てていく余裕のない雑誌が増えているように感じています。
花:特に新人の入る余地は縮んだと思います。増刊号ですら、新人のスペースがないのが現状かもしれません。でもやることは1つで、今のプロの漫画家よりも、面白いマンガを描くこと。これさえやれば確実に載ります。

Q.漫画家志望者は下積みの期間は、ある程度あった方がよいのでしょうか?
編:全く関係ないです。早くデビュー出来るなら、それにこしたことはないですね。

Q.モチベーションが下がった時の対処法は、どうなさっているのですか?
花:下がったときには、下がったなりの作品を書くようにしています。楽しい漫画を描いている時に、悲しい事が起こっても、コンスタントに漫画を描く事が出来るのが、プロだと考えています。

 

 

(2)質疑応答より

Q.「ボーイズ・オン・ザ・ラン」の中で、ちはるが男性のことを「男子」というところや、ちょっとした仕草がとても勉強になるのですが、そのような研究はどのように行っているのですか?
花:.実際に観察をしています。生身の女性と接し、癖や喋り方などを見て、それらを記憶しています。さすがにその場でメモするわけにはいかないですので(笑)。妄想ではリアリティーがないですし、安っぽくなってしまいます。たとえ動物を題材に描くにしても、結局人間が描く以上、内面はやはり人間なので、とにかく多くの人と出会い、接することが大事です。なので社交性はあったほうがいいですね。

Q.プロになるとしたら、漫画家同士よりも編集者の意見をきちんと聞くことが大事だと思うのですが、花沢先生とK副編集長は、どうお考えですか?
花:漫画家同士で漫画の話をしても、意味はないとは言いませんが、しょうがないと思います。漫画家は基本的には一匹狼なので…。見せるなら、一般の人に見せる方が良いかもしれません。漫画を描いていない人に見せる方が何故良いかというと、当たり前ですが、読者は「漫画家」ではなく「一般の人」側にいるからです。
編:基本的に、編集者が言うことは「具体的」です。うちの雑誌に載せるためには、ここを直してほしいとか、そういう事を言います。漫画家同士だと言いにくいことも言ったりしますね。

Q(個人的に)漫画家には凝り固まった考えを持っている人が多いと感じますが、その凝り固まった考えを否定された時はどんな時ですか?
花:プロになると、いずれは単行本が発売されます。そうすると、確実に数字が結果として出てきます。売れるとそれが答えになります。商業としてやっていこうと思っているのでしたら、やはり数字は大事です。僕の中の順位としては、1番が「面白くて売れている漫画家」、2番目が「売れている漫画家」、その次が「売れていないけれど面白い漫画家」になります。それがプロだと思っています。

Q.友人たちに、「最近の漫画は、絵が上手すぎて見づらい」と言われるのですが、一般の人にインタビュー等をし、意見を取り入れることはあるのですか?
編:残念ながら、一般の読者の意見に直接触れる機会はなかなかないのが実情です。ちなみに「最近の漫画は、絵が上手すぎて見づらい」という意見は新鮮ですね。
花:「絵が上手すぎて見づらい」という話ですが、どうしても、漫画家を続けていると、絵はスケールアップしていかなければならない、という一種の病気にかかってしまうことがあります。「絵が上手すぎて見づらい」という意見にピンと来るなら、自身の作品に取り入れてみたらどうでしょうか。

Q.キャラクターの顔や表情の練習は、どうなさっていましたか?
花:鏡に向かって描いたり、デジカメで写真を撮って描いたりしていました。実際に見て描くのが一番、練習になります。でも、よくある話ですが、顔を描くのが楽しくて顔「だけ」を描くようになってしまう事もあるので、それよりも体も描く練習をした方がいいです。コマに体をおさめる練習、背景と人物画を上手く合わせる練習など、です。

Q.読み切りを書いている際、キャラクターが強く出すぎて、ストーリーが上手くまとまらない。何か、上手くまとめる方法はありますか?
花:キャラクターが立つなら、キャラクターを立たせたほうが良いです。もし、キャラクターを立たせることでストーリーが破綻するなら、破綻させても良いと思います。逆に、 ストーリーを優先させて、キャラクターが面白くなくなってしまったら、漫画として元も子もないんじゃないでしょうか。
編:極端に言えば、基本的にストーリーはどうでも良いです。キャラクターが新鮮すぎてまとめられなかったのであれば、それをそのままで編集者に出してしまって良いと思いますよ。

Q.なかなか担当者が付かず、持ち込みに行ったら、「投稿してはどうか」と勧められたのですが…。
編:基本的には、直接持ち込んで、目の前で「面白い、面白くない」と言われるのが一番良いです。しかし、編集者も十人十色なので、漫画のレベルが高いのにも関わらず担当がつかないのであれば、1回投稿してみるのも良いかもしれません。多くの編集者に読んでもらえますから。

 

 

(3)漫画家志望者に対する作品へのフィードバックより

Aさん
■Aさんの少女漫画(恋愛もの)は、起承転結の「転」がぼんやりしています。恋愛を描く時は、「最初から好き→もっと好き」よりも「嫌い→好き」や「無関心→好き」のように、感情の落差を大きくした方が、読者に楽しんでもらえます。
■恋愛は、嫌いになった時に終わるのではなく、「無関心」になった時に本当に終わると思います。
■男の子を格好良く描くには、そのキャラクターの初登場シーンを立ちポーズにし、コマを縦に割ると良いです。そうすると、男の子の等身がはっきり見え、格好良く描くことが出来ます。

Bさん
■まず枠線は、マッキーだと滲むので、ピグマなどの方が良いです。
■和風のものを描く場合は、背景を西洋的なものにせず、和風なものに統一した方が、読者に受け入れられやすいです。
■特に新人の場合、読者に、文章まできちんと読んでもらうことは難しいため、なるべく「どういう設定か」というのは、文章でなく絵で表した方が良いです。
■極端な事を言えば、Bさんの作品は、絵は上手いが内容は、申し訳ないですが、誰でも描ける作品なんじゃないでしょうか。それよりも、その人しか描けないもの、作者の価値観が滲み出た作品を描くべきです。そのためには、自分の個性について考え、自分の周りにあるものや、実体験を交えて作品を作るようにしてください。商業誌で連載を取るためには、現在連載されている作品より面白いものを描く必要があります。

Cさん
■自分自身の中にしか、オリジナリティーはありません。抽象的な言い方で申し訳ないが、どうやって自分自身を見つめるかが大事。
■起承転結で言うと、起はキャラクター設定が面白くて良いですが、結の部分が面白くないです。
■常に、読者の想像を超えた作品を描いてください。
■Cさん(女性)は、男性目線の漫画を描いていますが、女性視線で描いた漫画も良いと思います。そのほうが、男性の読者からすると、興味が倍増し、気付きが多くなり、面白く感じるかもしれません。

 

以上です。
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