「ビームは、作家の業から逆算して作品を作っています。」編集長の部屋(8)後編:コミックビーム 岩井好典編集長

編集長の部屋
2015.04.12

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前編: 編集者はラリーで言うナビゲーターで、命を預ける存在、簡単に変えないで欲しい。 

中編: コミックビームのキャッチコピーは「珍作満載」です。

「編集長の部屋」コーナー8人目は、コミックビーム (以降ビーム)編集長、岩井好典さんです。岩井編集長は、私がこの仕事を初めて、最初にお会いしたマンガ編集者さんで、以来数年、地元が近いなどと言う事もあり、なにかとお世話になっています。伝説の編集長のお話から最新の電子コミックの事情まで、多岐にわたるお話になっています。

暗いマンガで共感を得ることは、明るいマンガで共感を得ることよりも、かなり難しいです。   

―― ビームに来る新人の傾向はありますか。

いわゆる作家性というのを、暗いものとしてとらえがちな人が多いです。

 

―― なんだかわかります。仮託が暗いと言うことでしょうか。

例えばマンガを描く上で、キャラクターに作者の自己を仮託する時に、「喜び」を仮託するのではなく、自己のフラストレイションであったり、ルサンチマンであったり、あるいはコンプレックスであったりを仮託することが「作家性」である、「文学的」であるって言う風に勘違いしている人が多いですね。

 

―― それは太宰治あたりの影響なのでしょうか。

いや、きちんと読めば、太宰治は極めてコピー・ライティング能力の高い小説家ですし、コメディも上手に書きますよ。「死のうと思っていた」や「富士には月見草がよく似合う」といった書き出しなんてすごくキャッチーで上手いし、短篇の『親友交歓』などは本当に笑いが多い、完全にナンセンス・ギャグですよね。パブリック・イメージの「自閉的」で「暗い」という印象とは全然異なる、長く読まれる・売れる理由がちゃんとある作家です。

まぁ、暗い作品を描いても良いのですが、やっぱりその人が「一番喜びとしているもの」が本当の個性なんじゃないのかと、最近特に思いますね。

 

―― バイト先とか学校であった、自分の嫌なことを描きたいと思うのでしょうね。

そういう人がすごく多い。だから、気をつけないと、「暗いマンガ」って、本当にありふれた没個性なものになってしまうんですね。

暗いマンガで読者の共感を得ることは、明るいマンガで共感を得ることよりも、かなり難しいです。そういうことを、漫画家志望の人は、あまりわかっていないのかなと思いますねえ。

あと、新人さんに求めたいのは、「なぜビームなのか」ってことですよね。好きなマンガがあって、この漫画家さんが載っているから、この漫画家さんと一緒に載りたいから…そういう思い、モチベーションを持った新人さんに来てほしいし、そうじゃないと、持たないだろうと思います。

 

―― 誌面を作っていくにあたり、新人の割合を意識していますか。

割合は意識していないですね。新人であれ中堅であれ、単行本の売り上げが悪ければ続刊できなくなる状況に変わりはないわけですから。キャリアに関係なく、その作家さんにしかない「力」を作品が持っているかどうか、そこが重要なので、雑誌全体の割合や配分とかは、あまり考えません。

 

―― 掲載される前から、これは単行本で行けるだろうなという確信がある程度あるわけですか。

具体的な数字に関しては、分かりませんよね。新人は特にそうですが。『テルマエ・ロマエ』を起こしたのは僕ですが、正直、売れるなんて全然思っていなかったし(笑)

 

―― ビームは読切を集めて単行本とか短期連載の単行本とか、いわゆる作品集というのは出したりしますか。

そういう方向性は、最近特に力を入れて出すようにしています。

 

―― それは、記念的に出すのではなくて、いけそうと思ったから出すということですね。

記念的に本を作ることはないです。単行本を、青春の思い出にされても困るので。どんな本も、あくまでビームの力になってほしいと思って作っています。ただ、結果として、青春の思い出に単行本が出て良かった、と辞めちゃう人もいないわけではないですよね。ビームは、読切作品集自体を結構出していますし、実は、時代が短編集とか作品集が売れる方向に行っている気が、僕はなんとなくしているんですよね。

例えば、以前は、ある作家さんの長篇作の単行本第1巻と短篇集を、同時に出したら、長篇の1巻のほうが売れたんですよ。でも今は、下手をすると、短編集の方が売れちゃうんじゃないか、って感じ始めています。あるヒット作があったとして、以前なら、その作家さんの短編集を出すと、ヒット長編の1/3~1/5の部数が売れる、そのくらいの割合のファンが買う、というような感じだったと思います。でも、現在は、メインの作品を買う前に、まずは短編集を買ってから、長編を買うかどうか決めるみたいな流れがあるように思います。

 

―― 良く数字を分析されている、岩井さんらしいお話だと思います。最近、書評Blogや書評サイトなどでも、1巻で終わるとか、短い巻数で終わる作品などを紹介すると、反響があったりします。面白い作品があるのは判っても、予算や時間の関係で、初めて知った長い作品を読み始めるのも、なかなかハードルが高いと申しますか。

1巻本とか短い巻数で終わる作品には、ずっとチャレンジしてきています。単行本3巻分と言うのは、丁度映画1本分(2時間分)くらいの分量にあたると思うんですよね。そのくらいで完結するマンガに、新しい可能性があるような気がして。厚めの1巻本でしたけど羽生生純君の『千九人童子ノ件』とか、全3巻のカネコアツシ君『Wet Moon』などは、そういう意識の中から出てきた企画です。映画一本分の分量のマンガと言うのは、読者への負担も少ないし、読み応えもあるし、良いなと思うんですよね。これからもトライ&エラーをしていきますが、上手く数字に結び付けていけたらなと思っています。

senkyu

『千九人童子ノ件』 羽生生 純

wetmoon

『Wet Moon』カネコアツシ

 

ライバルは、目白にある「エーグルドゥース」というケーキ屋さんなんですよ。 

―― 雑誌や他のエンタメで、ライバルと見ているものはありますか。

思い返すと驚くんですが、競合誌・ライバル誌として考えていた雑誌が、ほとんど休刊してしまいましたね。例えば、IKKIはビームから見ると「好敵手」だったんですけれど。(インタビュー時点では、IKKI後継誌のヒバナは創刊前でした。)

 

―― アフタヌーンはいかがですか。

アフタは当初から一つの目安にはなっていたと思うのですが、規模や基礎体力が違いますし、作家さんは被ったりはすることもありますけれど、ビジネス的にあまり我々の視野の中には入ってこないですね。IKKIは明確に同じようなところを目指しているな、という意識がありましたが、今は業界の中で、ライバル誌って言うのは、あまり考えていないですね。

 

―― 雑誌以外に、何か意識しているものはありますか?

少し変な話をしますが、僕個人の意識としては、一つの目標というか、「ああなりたいな」と憧れを持ってるのは、目白にある「エーグルドゥース」というケーキ屋さんなんですよ。

(*: エーグルデゥースは、東京の目白にある地元では知らない人のいない有名なパティスリーです。岩井さんも聞き手の菊池も、生まれた地元がこのお店のそば、言わば同郷人ネタでもありますが、食べログはじめ、各所で大変評価の高いお店です。)

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「エーグルドゥース」 お店と商品の近影 (地元なので聞き手撮影)

―― はい。良く知っておりますが、はい。

フランス語で、エーグルは酸っぱいとか辛いという意味、ドゥースは甘いという意味なんですよね。だからケーキの中には、酸いも甘いもある、「柔らかいようで刺を含んだ」そういうものを目指すという思いが店名に込められていると、シェフ・パティシエの寺井さんが言っているのです。その感覚にとても惹かれるし、寺井氏は同世代なので、「負けたくないな」と思います。本当に僕は、エーグルドゥースのケーキを食べる度に、「あぁ、こういうマンガを作りたいな」って思うんですよね。

あと、同じ目白駅前の志むら菓子店も、とても好きなんです。百貨店とかに出店する多角経営は全然しないんだけど、その店に行けば確実に独特で美味しいものが食べられる。

僕は下戸で甘党なのですが、きちんと作られた甘味は、食べると、驚きを感じて、その後で幸せになれるんですよね。ケーキとか甘味って、健康のためにはあまり良くないかもしれないけど、とても強く心に響く。少し「悪徳」だけど、そこでしか味わえない感動がある。そんなマンガが作りたいですよね。

 

―― いきなりの地元ネタに驚きましたが、ユニークなライバルですね。個人的には、良くわかります(笑)。ところで、新人などの掲載にあたり、特定の編集長枠や特枠はありますか。

ビームでは編集長枠と言うものはなく、基本的には各編集者のジャッジにある程度任せて、掲載を判断させています。編集会議を経ずに、各編集者が編集長に個別にプレゼンして、自分で押すものを掲載できるような形ですね。但し、その方向性を進めていくにあたっては、単行本にまとめていくためのルートを考えるなど、個別にビジネス部分の条件付けをしています。

 

ボーンデジタルのマンガはマーケットから逆算して作っていると思うんですよね。でも、ビームは、作家の「業(ごう)」から逆算して、作品を作っているので(笑) 

―― 電子コミックの販売も増えていると思いますが、その点について岩井さんはどう思われていますか。

既に販売されている単行本を電子化する場合や、comicoのようにボーンデジタルな漫画など、今は電子書籍の勃興期なので、それぞれのフォーマットやプラットフォームの在り方で、考え方に違いがあるのが実情ですよね。

僕は、マンガの電子化というものに関して、総論では賛成です。どんどん電子化の可能性を探っていかなければならないと思います。ただ、現状の電子書籍については、なかなか難しい部分があるなあ…とも感じています。

 

―― それは、画像の精度等の問題ですか。

電子書籍のストロング・ポイントって、アーカイブ(保存)と、リファレンス(検索、参照など)だと思うんですよね。物理的なスペースを気にせずに大量の蔵書が可能で、その検索などもサクッとできる。

現在のマンガのデジタルデータは、回線速度の問題などで、紙より精度の低い画像になってしまいがちですし、マンガは画像として配信されているので、ページにセリフやキャラクターの情報が埋め込まれていないため、検索もできない。デジタルの特性を活かしきれていないのではないかとも感じるのですが、爆発的にビジネスとして大きくなっている状況に対応せざるをえない。なかなか難しいなあ、と思いますね。

 

―― インターネット社会になっていく中で、電子化そのものには賛成ということですね。

紙のマンガの売上がシュリンク(減少)していくこと自体は、ライフスタイルの変化の中でどうしようもないわけです。昔は電車の中でみんなマンガ雑誌を読んでいましたが、今はもうほとんど誰も読んでいない時代ですから。

 

―― 私も、最近はほぼiPadで漫画を読んでいます。

僕個人は、紙のマンガに愛着のある人間ですが、電子化は絶対的な流れなので、その方向を進めることは仕方ないですね。電子コミックで、全体の売り上げの減少分の全ては無理ですが、一部をカバーしていく事は絶対に必要だと思います。とはいえ、電子書籍というのは、まだまだメディアとして歴史の端緒でしかないですから、様々な形でトライ&エラーをしてスクラップ&ビルドを重ねながら、全体として前に進めていきたいと思っています。

 

―― ビームコミックスで単行本を出すときは、電子化させた単行本を、紙より安く値付けしていますね。

コミックビームは、リアル書籍の価格と関係なく、電子版には比較的一律の値段設定をするようにしています。コミックスを作るときは、判型(大きさ)もそれぞれ違えたり、用紙やデザインなど装丁にお金をかける場合があって、フェティッシュな価値を本に付与して、それが値段に関係していきますよね。でも、デジタルデバイスで見るなら、そこでは大きさもクオリティーも一緒なので、価格差をつけることが馴染まないと思うんです。電子版をリアル書籍の定価よりも少し安く設定しているのは、逆に言うなら、本に付与させている価値を電子版では付けきれていないから、ということです。

将来的に、リッチテキストのような、電子コミックでしかできない何かをデータ的に埋め込めるようになったりして、書籍より値段の高い電子書籍が存在するようになるなら、それはそれでいいと思います。現状はまだ、コミックビームの電子書籍化は、紙の書籍の二次利用的なもの、という状況なので、そういう考え方、値段設定をしています。まあ、電子書籍マーケットも非常に変化のスピードが速いので、近い将来にどうなるかは、分かりませんけれど。

 

―― そういう意味では、最近スマホコミックとは、ビームのマンガは手間の掛け方などが対極の位置にいるのかも知れません。

スマホとかボーンデジタルのマンガって、マーケットから逆算して作っていると思うんですよね。でも、ビームは、作家の「業(ごう)」から逆算して、作品を作ってるので(笑)。

 

―― 今の「作家の業から逆算する」といのは、ビームをすごく体現されていて良い表現だと思います!!
今の時代でマンガ家を目指す、特に20歳くらいの新人にひとことお願いします。

昔から、「マンガ家は大変だからやめといた方がいい」とまず言うんです。そう言われてあきらめるくらいならどうせダメですし。表現をする人はなんでもそうでしょうけども、漫画家って、結局それしかできない人間がやるものなんですよね。

マンガ家は、マンガ家をやらないと自分が自分でありえない人間がやることだと思います。まあ、なんというか、本当にそんなに大して「美味しくない」世界なので(笑)、それは覚悟してきた方がいいんじゃないかなと思いますね。

 

 

編集長一押し作品!  

―― 岩井編集長一押しの作品を教えてください。

どちらも、現在コミックビーム連載中の作品で、一つは、近藤ようこさんの『死者の書』です。

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メディア芸術祭大賞を受賞した近藤ようこ、「死者の書」をマンガ化した新連載 – コミックナタリーhttp://natalie.mu/comic/news/133630

 

前作の『五色の舟』(原作:津原泰水)では、第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞するなど、高い評価を頂きました。それを経て、近藤さんが10代のころから折口信夫さんが好きで好きで、大学にもそれを学ぶために行って、今まさにやっと、『死者の書』という折口文学の代表作をコミカライズする、その場所としてビームを選んでくださったことは、非常に光栄なことだと思っています。

 

 

 

もう一つは、横山旬くんという新人が、今連載している『変身!』というマンガです。

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彼は、『白い狸』という短編集を既に出しています。

エンターブレインえんため大賞出身の漫画家なのですが、今風の空気感を持っていて、その中にビームっぽいひねくれたところもあって、面白いなぁと思っています。

 

主人公は中学生で、なんにでも変身できるという設定なのですが、ある回ではバッタに変身して、そこで雌のバッタと初体験を済ませてしまうのですね(笑)。その後、道を歩いていてもバッタに少し恋心を持ってしまったり、食卓で出たイナゴの佃煮にショックを受けてしまったりして、とにかくユニークで面白いです。

 

初の長篇連載作なんですが、新しい才能として、ぜひ多くのかたに読んでいただきたいですね。

<後編ここまで>

コミックビームホームページ

「編集長の部屋」過去の記事など目次

インタビュー・ライティング:トキワ荘プロジェクト 菊池、番野

goshiki

『五色の舟』 近藤ようこ

 shiroitanuki

『白い狸』 栗山旬

 

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