漫画家志望者が参加前に知っておきたい、プロジェクトの活用法と心構え

参加者の声

2022年9月より秋田書店 ミステリーボニータにて除霊コメディ『シックスセンスマイナスワン』を連載中(2023年10月現在)で、2023年5月には同作の単行本1巻が秋田書店より発売された三月病さん。

トキワ荘プロジェクト参加中から多数の漫画賞を受賞し、マンガクリエイターのネクストステップを作る祭典『LEGIKA UP』でも2年連続で表彰されました。

今回は、三月病さんが感じたトキワ荘プロジェクトのメリットや活用方法、そして共同生活や漫画制作における心構えについてうかがいました。

三月病 さん
トキワ荘プロジェクト表彰式『LEGIKA UP』にて多実績最多賞、集中ステージ賞を2年連続受賞。
2022年1月、読切作品『ワンチャン・イン・ザ・ヘル』少年ジャンプ+に掲載。
2022年9月より秋田書店 ミステリーボニータにて『シックスセンスマイナスワン』を連載中(2023年10月現在)。
2023年5月、同作の単行本1巻が発売。

親との約束を守るために参加を決めた

── 三月病さんが漫画家になろうと思ったきっかけをお聞かせいただけますか。

漫画自体は好きで高校生の頃から描いていましたが、当時は漫画家になろうと考えていませんでした。

その後デザイン系の専門学校に進んで就職を考えた時に、デザイン系の仕事は自分には向いていないかもという事がわかってきて、卒業する頃には漫画家になろうと考えるようになりました。

── トキワ荘プロジェクトへの参加を決めた理由をお聞かせください。

トキワ荘プロジェクトへの参加を決めた理由は、親との約束を守るためです。

専門学校を卒業後、就職せずに漫画家を目指すことを親は咎めませんでした。
ですがフリーターでは一生食い繋ぐのは難しいだろうということで、実家に住まって漫画家を目指す期間を決めようということになり、2年という期間を設けることにしました。

── 目標達成のために期限を決めるのは大切なことですね。

はい。ですが2年経過しても、私は漫画で生計を立てられるような状態ではありませんでした。
そうなると、親との約束を反故にして実家に居座って漫画家を目指すのは居心地が悪くて。
取り敢えず1回親元を離れた方がいいなと考えるようになりました。

── 初めての一人暮らしで、トキワ荘プロジェクトを選んだ決め手は何でしたか?

一人暮らしについて検討していることを友人に話すと、漫画家を目指しながらだと金銭的に厳しいのでは、と言われました。

その時、友人からトキワ荘プロジェクトを教えてもらったことが決め手になったと思います。

家賃が安くて生活費を抑えられますし、プロジェクトの存在自体は学生の頃から知っていたこともあり、参加を決めました。

共同生活で大切なのは、「自分の選択」を受け入れること

── 三月病さんは約4年間トキワ荘プロジェクトに参加されていて、最初の2年間は清瀬荘(2021年6月閉鎖)に住まわれたそうですね。入居してみていかがでしたか?

清瀬荘時代は一軒家で、自分を入れて5人の小さな環境でした。

少し古めの建物だったので台所に虫が出ることもあったのですが、私も含めた入居者が見つけたその場で駆除して、LINEで事後報告していました(笑)。
みんな逞しくて良かったです。

あとは、誰かの部屋やファミレスなどで作業会をすることもありました。

── 楽しそうな共同生活ですね(笑)。清瀬荘閉鎖後、多摩トキワソウ団地に移られた後はいかがでしたか?

多摩トキワソウ団地では、ラウンジやワークスペースにずっと居座って作業していました。

食事もできますし、机も広くて作業が捗るので。

── 他の入居者との交流はありましたか?

交流することもありますが、みんな自分のペースで行動しているので、その時々によります。

ですが自分が作業していると、その横でやろうかなと人が来てくれることもあって、助かっていました。

── 共同生活を送る上で、意識していたことはありますか?

共同生活では、ある程度自分の思い通りにならないことはあって当然ですよね。
例えば共有スペースの食器の戻し方とか、もちろんきれいにしてあってほしいですが…。
「自分が正しいぞ!」と思いすぎないようにしていました。

── やはり諦めが肝心なのでしょうか。

確かに、自分が諦めたり我慢したりすることになるのですが、同じ我慢でも「我慢させられた」のではなく、自分で「我慢すると選択した」ことを受け入れることが大切だと思います。

「そこまで言うべきじゃないな。言いたくないな」と、相手に伝えることをやめたなら、それは自分の選択です。後から他人を「あの時我慢したのに!」と責めてはいけないと思います。

もちろん、炊飯器の中身が空なのに保温になっていた!とか、ドアの鍵が開けっぱなしになっていた!とか、危険なことや、本当にやめてほしいことなら言った方がいいと思いますが。

── 自分の選択を相手のせいにしないということですね。共同生活を送る上で大切な心構えであり、実は漫画制作にも通じる考え方だと感じました。

生活費を稼がなくては…そして多数の漫画賞受賞

── 三月病さんはプロジェクト参加中にNHKにてレギュラー放送中(2023年10月現在)の『漫画家イエナガの複雑社会を超定義』にも携わられたそうですが、どのようなご縁だったのでしょうか。

トキワ荘プロジェクトの仕事紹介で、番組の中で使用するセットを描くお仕事が募集されていたので応募しました。

NHKに入れる機会はなかなかないですし、どんなところか見てみたくて。

実際に携わってみると、制作者が作業しやすいように様々な配慮がなされていて、和やかな現場でした。
広いスタジオの中に個室のような建物ができることが感慨深かったですね。

トキワ荘プロジェクト仕事紹介『レジカスタジオ』とは?

トキワ荘プロジェクトでは、プロの漫画家を目指すクリエイターの経済的な自立をサポートできるよう、クリエイターのスキルを活かした仕事の紹介を行っています。

トキワ荘プロジェクト仕事紹介『レジカスタジオ』とは?

トキワ荘プロジェクトでは、プロの漫画家を目指すクリエイターの経済的な自立をサポートできるよう、クリエイターのスキルを活かした仕事の紹介を行っています。


── とても貴重な経験ですね。他にも、トキワ荘プロジェクトで印象に残っているイベントはありますか?

『NEXT STEP AWARD』という表彰式です。

多摩トキワソウ団地自体には入居者が多いのですが、普段団地外の人と交流することはないので、『NEXT STEP AWARD』トキワ荘プロジェクトの他のハウスの入居者やOBOGと知り合いになれて良かったです。

NEXT STEP AWARDとは

『LEGIKA UP』と呼ばれるトキワ荘プロジェクト参加者や編集者・企業の方々が一堂に会する年に1回の節目となるイベントの中で、1年の間の活動報告をもとに、顕著な実績をあげた方を表彰するものです。

NEXT STEP AWARDとは

『LEGIKA UP』と呼ばれるトキワ荘プロジェクト参加者や編集者・企業の方々が一堂に会する年に1回の節目となるイベントの中で、1年の間の活動報告をもとに、顕著な実績をあげた方を表彰するものです。


── プロジェクト現参加者ともOBOGとも交流を深められる機会は貴重ですね。
それに、三月病さんは『NEXT STEP AWARD』の第7回では“実績最多賞”を、第8回で“集中ステージ賞”を受賞されていますね。
短期間に多数のマンガ賞の受賞を重ねていますが、意識していたことはありますか?

単行本を出させていただいたことや、連載が始まったことは本当にありがたいお話で、その上で第7回で受賞の実績最多賞はラッキーでした。

当時は清瀬荘から多摩トキワソウ団地に移った年で、引っ越すにあたって前のバイトを辞めていたんです。なんとか生活費を稼がなくてはと思案していたところ、Twitter(現X)の漫画賞を見つけました。

1週間に投稿されたものの中から必ず2番目までの受賞作品を決めると言う賞で、賞金も生活費が賄える金額だったんです。

それでグランプリを2回、準グランプリを1回受賞しました。

── 生活費を稼ぐために戦略的に漫画賞を活用し、実際に結果を残されるのはすごいことだと思います。

自分が面白いと思うことを描く

── そんな三月病さんが、漫画を描く時に大切にされていることはなんですか?

自分が面白いと思うことを描くことです。
そして、良くも悪くもプライベートの知人の意見を聞きすぎないようにしています。

例えば、漫画を描く人同士だから分かり合えることはあると思いますが、漫画を描く人間だって、他人の作品を読んでいるときは一読者ですよね。

なので、アドバイスできることは限られていると思うんです。
誰かの意見や感想を自分の作品に取り入れるかどうかの最終的な判断は、責任を持って自分ですることが大切だと思います。

── 「自分が面白いと思うこと」を描く…創作者にとって、大切なことですね。
他者の意見との向き合い方も、大変勉強になりました。

トキワ荘プロジェクトの役割は、漫画を完成させるための補助

── トキワ荘プロジェクト卒業後は、どのように活動していきたいですか?

単行本が発売されて、仕事があること自体がありがたくて、ようやく売れたいなという気持ちが少し出てきました。

ですがその反面、売れることに固執しすぎるのも良くないのかなと感じています。
仕事であることはきちんと意識しつつ、面白いなと思うものを描く、その辺りのバランスをとっていきたいです。

── 今トキワ荘プロジェクトに参加していた時のことを振り返って、どんなメリットがあったと思いますか?

生活費が抑えられることですかね(笑)。
とはいえ、家賃が安いからという理由だけで入居するのはもったいないと思います。

自分とは異なる経験や視点を持つ方々と関わることができるのもそうですし、LEGIKAを通じていただいたNHKのお仕事もそうですし、トキワ荘プロジェクトのイベントにも積極的に参加して良かったなと感じています。

── 最後に、トキワ荘プロジェクトに参加したOBOGとしてこれから参加する方へ一言お願いします!

トキワ荘プロジェクトは飽くまで“補助”なので、参加したことで安心しすぎないように気をつけてほしいです。

私は、漫画はどんな出来でもとにかく完成させないと経験値を積めないと思っています。
逆に言うと、どんな出来でも“完成”させれば、何らかの経験値が積めるとも思います。
少なくとも、描き上げていない漫画が何かの媒体に載ることはないですし…。

そして漫画完成までの“手助け”をしてくれるのがトキワ荘プロジェクトです。
これから参加される方には、トキワ荘プロジェクトをたくさん活用して自分の漫画を完成させてくださいとお伝えしたいですね。

── 三月病さん、ありがとうございました!

(取材・文/松尾しのぶ)

2023年10月31日

三月病 さん
2022年9月より秋田書店 ミステリーボニータにて『シックスセンスマイナスワン』を連載中(2023年10月現在)。